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全ての人間は満足するために生きている、と私は思います。
日本より貧しい国に出向いて、奉仕活動等をする人がいます。
今まで私は失礼ですが、ボランティアに献身している人は
何が楽しくてやっているのか理解できませんでした。
しかし、この珍走団呼称普及活動を通じ少し理解できたと思います。
珍走団から、こんなことを言われました。
「こんな無意味なサイトやって、楽しいのか?」
珍走団からしてみれば、無意味でしょーもない活動に見えるわけです。
でも私からすれば「やっていて楽しいし、とても有意義で満足」に感じます。
ここでふと考えたのです。
珍走団も満足するために珍走しているのではないのか?と。
ボランティアも珍走も自分を満足させるための行為で、
その行為が社会にとってプラスかマイナスかの違いだけではないか、
と思いました。
けれども社会に迷惑をかけて満足をするということは明らかに
間違っている行為です。許されるべきではありません。
ですが単に珍走という行為を押さえつけても
別の形のマイナス行為で、珍は自分を満足させると思います。
私達が“負の行為で満足する人々”を減らすには何ができるでしょうか?
私は社会にとってプラスにならないまでも、限りなく0の状態で満足
できる環境を彼等に与えることが良いのではないかと思っています。
爆珍音を夜中に轟かせ、走るのが楽しいと言っている珍走団がいます。
上のような珍走団の対策のために、全国の警察で人件費を含め
相当な額が使われていると思います。
その対策費の一部を使って、サーキット場を借りてレーサーの講師を雇い、
本当の走りの楽しさを教えて、珍走しなくても満足な環境を与えるのも、
手ではないかと私は思います。
彼等を甘やかすのに税金を使うのか?など、納得のいかない方は
相当いらっしゃると思いますが、生活の質を上げるためです。
今まで社会にとって100円分の損失が、税金の使い方によって
50円分の損失になれば、それでもプラスです。
お願いしなくても社会にプラスの行為をして満足する人がいるのだから、
絶対に社会にマイナスの行為をして満足する人がいるでしょう。
そのマイナスの行為を減らす方法として、学校教育も大事な一環だと思います。
義務教育期間中に色々な経験(人に迷惑がかからず満足できる行為)を
させ、人に迷惑をかけなくても満足できる行為(趣味など)を
を見つける手伝いも、学校でできればよいと思います。
子供達に色々な経験をさせるためには、社会が学校をサポートすることも必須です。
農家の方の協力があれば、子供達は生産する喜びや苦労、土いじりの楽しさ、など
を学ぶことができます。
そうすれば何気なかった家のご飯が、とても美味しく感じられることでしょう。
そして食べ物を粗末にする機会も減り、外のジャンクフードを食べるより
家でご飯を食べる機会も増えて、家族団欒で非行知らず。
(゚д゚)ウマー
皆様のご協力をよろしくお願いします。
終了
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